MRの年収

年収という考え方に違和感がないMRは奴隷であることを受け入れているという話

MRの年収

こんにちは。

現役MRのリョウタです。

いきなりですが、「MRは年収が高い」と聞いてみなさんはどう思われますか?

「そんなこと知ってるよ。だから就活で製薬会社の採用選考ばかり受けてMRになったんだから。」

「年収は高い方がいいに決まってるでしょ。MRはトップクラスに年収が高い職業なんだから満足しているよ。」

こう思われたMRの方は実際けっこういると思います。

それは間違いではないですし、私もMRはとても良い職業だと思っています。

しかし、ここで出てきている「年収」という単語にまったく違和感を持ったことがないという方も多いのではないでしょうか。

そういう方はサラリーマンという職業が現代の奴隷であることを完全に受け入れていると言えます。

年収が1,000万円でも奴隷

MRはサラリーマンの中ではかなり年収が高い職業です。

国税庁の「平成29年分民間給与実態統計調査」によると、年収1,000万円以上の給与所得者はおよそ5%でした。

国内の給与所得者数は約5,000万人ですが、5%というと約50万人です。

5,000万人いる日本のサラリーマンの中で年収1,000万円以上もらっている人は約50万人しかいません。

50万人のうちの数万人はMRでしょうから、本当に限られた職業しか年収1,000万円は到達することができないんでしょうね。

製薬以外だと金融系か総合商社、あとは外資系なんでしょうかね。

さらにこれが30代に限定すると、なんとおよそ1%しか年収1,000万円以上の人がいなくなります。

「これだけ日本で年収1,000万円をとれるサラリーマンが少ないんだからぜったい奴隷ではないでしょ!?」

という声も聞こえてきそうですが、年収が400万でも1,000万でもやっぱり奴隷です。

要は、雇用主のために労働する代わりに、上限が限られた賃金を毎年コンスタントにもらうというのが奴隷なんですね。

奴隷の定義は「人間としての名誉・権利・自由を認められず、他人の所有物として取り扱われる人」となっています。

だから奴隷というとムチや鎖で打たれて無理やり働かされているイメージがありますが、あれは正確ではありません。

実際の古代エジプトの記録では、奴隷は労働時間も決まっており(現代の9:00~17:00くらいだったそうです)、毎日食事とビールが提供されていたり、そもそも志願制だったり、誕生日や二日酔いを理由に欠勤していたりとかなり自由が利いていました。

名誉や権利、自由などを全く認められなかったというほどでもなく、なんだか現代のサラリーマンとたいして変わらない感じがしませんか?

「他人の所有物」というのは少々大げさではありますが、1日8時間の年間240日は会社に提供することを法律で決められてしまっているので、ある意味会社の所有物として扱われていると言ってもたいして違和感がないのではないでしょうか。

MRの年収が高いといっても、生涯年収はだいたい3億円から多くても4億円いかないくらいになりますので、だいたい一生で使い切ってしまう金額であり決してものすごく余裕があるわけではありません。

まさに「生かさず殺さず」で古代エジプトの奴隷や江戸時代の農民の現代バージョンがサラリーマンであり、MRはその中の上位層にすぎないだけだと言いたいんです。

億単位で稼ぐ人には「年収」という概念がない

「年収」という言葉自体がサラリーマンの概念だと言っても言い過ぎではないんじゃないでしょうか。

そもそも、毎年同じくらいの金額がほぼ必ずもらえる職業の人でないと「年収」という言葉は使わないと思います。

たとえば、プロスポーツ選手は年収ではなく「年棒」といいますし、経営者などの収入も年収という言葉は使いません。

これらの職業は年によって大きく収入金額が変わります。

前年より何倍にもなる年もあれば、半分以下になる年もありますから、コンスタントにもらえる金額を指す「年収」を使うのは違和感があります。

収入が0円になったり、場合によってはマイナス(赤字)になっても自己責任ですが、その代わり1年で億単位の収入を得られる可能性もあります。

だから、1年でサラリーマンの一生分を稼ぐことができる可能性もありますし、数年でもう働く必要がなくなるくらいの収入を得られる可能性もあるわけです。

メジャーリーガーのダルビッシュ有投手や田中将大投手は年間25億円近く稼いでいますし、You Tuberのヒカキンも年間10億円以上稼いでいますしね。

その可能性を諦めて毎年同じくらいの金額をもらうことを選んだのがサラリーマンであり、それは企業に所有されて取り扱われる奴隷身分を受け入れているということになるんじゃないでしょうか。

「年収」という言葉に疑問すら持たなくなっているのはそうとう奴隷の世界にどっぷりと浸かっている証拠ですよ。

年収よりも資産の方が重要

サラリーマンの給料はたしかにキャッシュフローという言い方に直すと安定しています。

MRであればそれが上位5%の多さなので良いですね。

しかし結局普通に生活していたり、ちょっと贅沢したりするとすぐになくなる程度のMRの年収よりも、今の時点で金融資産をいくら持っているかの方がはるかに大きな意味があります。

なぜかというと、資産は現金などの資産を生んでくれるからです。

ある程度の資産を持つことができれば、会社に自由や権利を売って取り扱われるような必要がなくなります。

たとえば、3億円の現金を持つことができたとすれば、平均2~3%の利回りで運用するだけで600万円~900万円を得ることが可能です。

先進国株式インデックスや先進国債券インデックスなどのファンドであれば概ねこのあたりですね。

実際には税金が20%程度かかりますのでもう少し低いですし、年によって変動しますが、

資産を持てば労働しなくても収入を得ることが可能になります。

年収が高くても資産が少なければ、結局は次の年もその次の年も会社に時間や自由を売って扱われざるを得なくなってしまいます。

日本では特に「年収1,000万円」という言葉が独り歩きしている感がありますが、サラリーマンである限り年収に注目するのはあまり意味がないと思います。

年収3,000万円くらいあったら意味があるかもしれませんけど。

年収という概念を捨てて、資産を作るために努力すべきだということが言いたかったのです。

製薬会社は不景気にも強い業種なので危機感が薄いMRの人が多いですが、それでも将来的には買収や日本撤退、もしかすると経営破綻なんかもないとは言い切れません。

年収よりも資産を増やすことに目を向けて不確実な将来に備えましょう。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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